お前だけを愛してるって、いったじゃない。
だから目玉をえぐられる痛みに、耐えられた。
お前だけしか愛さないって、言ったじゃない。
だから、切断される腕の痛みに耐えた。
お前だけにしか口づけないって、言ったじゃない。
だから。
だから。
私は人形になったの。


****
「ね、我愛羅、やっぱりお家帰ろうよ・・・」
暗い隊舎の中、長い長い廊下の向こうから絶えず響く女の悲鳴。
明かりは我愛羅が持っている懐中電灯一つだけ。
その中で、兄弟はガタガタ震えながら聞こえてくる悲鳴を聞いていた。
「・・・俺だって帰りたい。だが、もしかしたら傀儡隊の女性が閉じ込められて出られないのかもしれん」
「・・・そうか、そうだね、そうだよな。
オバケなわけないもんな。
俺って気が早いからてっきりソレの類かと思っちゃったじゃん」
我愛羅の最もで現実的な意見に少しばかり勇気付けられたカンクロウはやっと弟の腕を離して悲鳴の聞こえてくる方へと歩き出した。
「あ、ま、待って!」
急に元気になって自分をおいていく兄を我愛羅は慌てて追いかけた。冗談抜きで我愛羅はオバケが苦手なのだ。
そして、隊舎を見回す。
我愛羅は前に一度だけ視察に来たことがあるこの隊舎、学校の理科室並みに人体模型や骨格模型、何故だかは知らないが鼠や蛙のホルマリン漬けまである。
昼間に見たから平気だったものの、夜ともなると話は別だ。なんとも不気味で、本当にお化けが出そうな雰囲気だ。
今までよくこの中で寝ていられたな、と我愛羅は心の中で兄を見直した。
「あっ」
急に止まったカンクロウの背中に我愛羅はトスンと顔をぶつけてしまった。
「どうした・・・カンクロウ、何だここは」
我愛羅の声が、急に厳しい物に変わる。
「・・・」
以前ここに来た時は、目の前は行き止まりだったはずだ。
それなのに、ぼんやりと鎖と錠が掛けられたつがい式の扉が浮かび上がっているのだ。
どうみても、幻術とかではなくて、その扉は確かにそこに存在していた。
「何だ、此処は。
答えろ、カンクロウ」
カンクロウはチラリと我愛羅を一瞥だけして、錠に手をかざした。
「カンクロウっ!」
じゃらじゃら、と鎖が落ち、錠が外れた。
カンクロウは我愛羅を気に留めず扉の中へと姿をくらませた。
「待て!」
沸点が低い我愛羅は声を荒げて握砂を放った。
手の形をした砂が、カンクロウの身体を捕らえ、我愛羅は同じく暗闇の中へと入っていった。
「此処は何だ、と聞いている」
ざり、ざりとサンダルの音を響かせて我愛羅は己が兄へと詰め寄った。
その間にも、悲鳴はどんどんと強く、はっきりと聞こえていたが、我愛羅は気付かなかった。
「・・・言わなきゃ駄目ですか?」
いつもの飄々としたカンジではなく、カンクロウは傀儡部隊第三隊隊長として風影の我愛羅に向かって話していた。
「っ!・・・傀儡部隊第三隊長、カンクロウ。
風影の特権を使用して黙秘権を拒否する。
此処は何だ、答えないと懲役を課す」
「はぁ・・・見りゃ判るだろう、我愛羅。
人体実験所だ」
「・・・聞いていない」
「言ってないからさ」
カンクロウは砂に身をとらわれたまま自由な右腕をすっと持ち上げて人差し指を動かした。
ぱっと、今まで不明瞭だった部屋の内部が明らかになった。
べっとりとこびりついた赤黒い大きな染みがついた硬い木製の寝台が、まんなかに一台。
ぐるりと辺りを見回せば、これもまたところどころに大きなしみがついた壁がひろがっており、ちょうど両手を上に上げたところに手錠がある。
血は、乾いていはいるが、臭いは消えていなかった。
むぅ、と我愛羅にしては懐かしく、それでいて思い出したくもない臭いが充満していた。
「今までこのことを知らなかった風影は?」
「お前だけさ」
「何故?」
「いくら囚人達を使った実験だからといっても、酷過ぎる。
お前だったら、止めるだろうと俺以外の隊長も思い、五代目様には内密に、ということで意見がまとまった。
いつかは知れてしまうといって言ってしまおう、という者もいたんだが、こちらから止めさせていただいた。
人を、人の道を外れているとはわかってはいるさ。
だが、俺達傀儡師にとっては必要な実験なんだ。
毒が、今までと同じだったら、いつかは解毒されて、もう効かなくなってしまう。
新しい毒を開発する必要があった。
その毒を試す必要があった」
「ならば何故、父様や他の先代風影諸侯は知っていた?」
「大人、だからだろう・・・?」
「所詮、子ども扱いか・・・」
苦笑いの我愛羅に、カンクロウは何も言わなくなった。
しばらくして、我愛羅は握砂を解き、カンクロウは自由のみになった。
「・・・悲鳴、強くなっているな」
「サソリ様、帰ってきて、だってさ」
悲鳴は、すでに何を言っているのかが判るほどにはっきりと聞こえていた。


***
は、青年と暮らし始めてより一層美しくなりました。
青年は、の美しさを永遠に残そうと思いました。
は、人形になりました。